心理的負荷による精神障害の認定基準に係る運用上の留意点について

基補発0901第1号
令和5年9月1日
都道府県労働局労働基準部長 殿
厚生労働省労働基準局補償課長

心理的負荷による精神障害の認定基準に係る運用上の留意点について

 心理的負荷による精神障害の認定基準については、令和5年9月1日付け基発0901第2号「心理的負荷によ
る精神障害の認定基準について」(以下「認定基準」という。)をもって指示されたところであるが、その
具体的運用に当たっては、下記の事項に留意の上、適切に対応されたい。
 なお、本通達の施行に伴い、平成23年12月26日付け基労補発1226第1号「心理的負荷による精神障害の
認定基準の運用等について」及び令和2年5月29日付け基補発0529第1号「心理的負荷による精神障害の認
定基準の改正に係る運用上の留意点について」は廃止する。
 また、「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書(令和5年7月)」(以下「報告書」という。)
には、認定基準の考え方等が示されているので、認定基準の理解を深めるため、適宜参照されたい。
第1 検討の経緯及び改正の趣旨
   心理的負荷による精神障害については、平成23年12月26日付け基発1226第1号「心理的負荷による
  精神障害の認定基準について」(以下「旧認定基準」という。)に基づき労災認定を行ってきたところ
  であるが、旧認定基準の発出以降、働き方の多様化が進み労働者を取り巻く職場環境が変貌するとい
  った社会情勢の変化が生じており、また、精神障害の労災保険給付請求件数も年々増加しているとこ
  ろである。
   こうした社会情勢の変化と労働者の心身の健康に対する関心の高まりを鑑み、精神障害の労災認定
  の基準に関する専門検討会において、旧認定基準について、最新の医学的知見を踏まえた多角的な検
  討が行われた。
   今般、その検討結果を踏まえ、業務による心理的負荷の評価をより適切かつ効率的に行う等の観点
  から、認定基準の改正が行われたものである。

第2 主な改正点及び運用上の留意点
 1 対象疾病(認定基準第1関係)
   対象疾病については、報告書において、現時点では旧認定基準の内容を維持することが妥当と判断
  されており、実質的な変更はない。
   なお、疾病及び関連保健問題の国際統計分類については、第11回改訂版が発効されているが、その
  日本語訳はまだ確立していないことから、その確立を待って別途検討することが妥当とされている。

 2 認定基準及び認定要件に関する基本的な考え方(認定基準第2及び第3関係)
   認定基準及びこれに関する基本的な考え方については、報告書において、旧認定基準の内容が現時
  点でも妥当と判断されており、実質的な変更はない。

 3 認定要件の具体的判断(認定基準第4関係)
  (1) 発病等の判断
   ア 発病の有無等
     発病の有無等の判断については実質的な変更はない。
     なお、請求に係る診療の以前から精神障害による通院がなされている事案については、請求に
    係る精神障害が、新たな精神障害の発病であるのか等が問題になる。ある精神障害を有する者が、
    新たに別の精神障害を併発することもあれば、もとの精神障害の症状の現れにすぎない(その精
    神障害の動揺の範囲内であって新たな精神障害の発病・悪化を来したものでない)場合、もとの
    精神障害の悪化の場合、もとの精神障害の症状安定後の新たな発病の場合もある。
     これらの鑑別については個別事案ごとに医学専門家による判断が必要であることから、精神障
    害による通院がなされている事案であっても、症状の経過等について、主治医の意見書や診療録
    等の関係資料を収集し、また、心理的負荷となる出来事等についても調査を行った上で、新たな
    発病の有無等について医学的な判断を求める必要があることに留意すること。
   イ 発病時期
     発病時期については、精神障害の治療歴のない自殺事案に係る考え方が明示されたほか、旧認
    定基準において、出来事の評価の留意事項とされていたもののうち、発病時期に関連する事項が
    当該項目において示されたものである。
  (2) 業務による心理的負荷の強度の判断
   ア 業務による強い心理的負荷の有無の判断
     業務による強い心理的負荷の有無の判断に係る考え方については、実質的な変更はない。
     心理的負荷の評価の基準となる同種の労働者に係る事項は、旧認定基準第3で示されていたも
    のと同旨であり、心理的負荷の評価に当たっては、旧認定基準と同様に、精神障害を発病した労
    働者と職種、職場における立場や職責、年齢、経験等が類似する「同種の労働者」が一般的にそ
    の出来事及び出来事後の状況をどう受け止めるかという観点から評価すること。
     例えば、新規に採用され、従事する業務に何ら経験を有していなかった労働者が精神障害を発
    病した場合には、ここでいう「同種の労働者」としては、当該労働者と同様に、業務経験のない
    新規採用者を想定すること。
   イ 業務による心理的負荷評価表
     認定基準別表1「業務による心理的負荷評価表」(以下「認定基準別表1」という。)については、
    各具体的出来事への当てはめや心理的負荷の強度の評価が適切かつ効率的に行えるようにすると
    の観点から、別紙1「業務による具体的出来事の統合等」のとおり具体的出来事の統合、追加、
    表記の修正、平均的な心理的負荷の強度の修正が行われ、あわせて、総合評価の視点及び強度ご
    との具体例の拡充等が行われた。
     認定基準別表1に基づき業務による心理的負荷の強度を判断するに当たっては、別紙2「業務に
    よる心理的負荷評価表に基づく心理的負荷の強度の判断に当たっての留意事項」にも留意して、
    適切な評価を行うこと。
     なお、旧認定基準において「強」と判断されていたものは、認定基準においても、基本的に
    「強」と判断されること。
   ウ 複数の出来事の評価
     複数の出来事の評価の枠組みについては、実質的な変更はない。評価に当たっての考慮要素等
    がより明確化されており、当該考慮要素等を踏まえ、適切な評価を行うこと。
     また、別紙3「複数の出来事があり業務による心理的負荷が強いと評価される例」も参考とす
    ること。
   エ 評価期間の留意事項
     評価期間については、発病前おおむね6か月であることに変更はないが、これに係る留意事項
    について、出来事の起点が発病の6か月より前であっても、その出来事(出来事後の状況)が継続
    している場合にあっては、発病前おおむね6か月の間における状況や対応について評価の対象と
    することが明確化されており、これを踏まえ、適切な評価を行うこと。
  (3) 業務以外の心理的負荷及び個体側要因による発病でないことの判断
    業務以外の心理的負荷及び個体側要因の考え方並びに業務以外の心理的負荷の評価について、実
   質的な変更はない。
    個体側要因について、個体側要因により発病したことが明らかな場合を一律に例示することは困
   難であることから、当該例示は削除され、あわせて、調査の効率化等の観点から、調査対象となる
   事項等が明示された。
    個体側要因とは、個人に内在している脆弱性・反応性であるが、その調査には限界があるところ
   であり、既往の精神障害や現在治療中の精神障害、アルコール依存状況等の存在が明らかな場合に、
   その内容等を調査すること。 

 4 精神障害の悪化と症状安定後の新たな発病(認定基準第5関係)
  (1) 精神障害の悪化とその業務起因性
    旧認定基準の内容を変更し、特別な出来事に該当する出来事がなくとも、悪化の前に業務による
   強い心理的負荷が認められる事案について、十分な検討の上で、業務起因性を認める場合があるこ
   とが示された。
    その際、業務起因性が認められない精神障害について、その悪化の前に強い心理的負荷となる業
   務による出来事が認められても、直ちにそれが当該悪化の原因であると判断することはできないと
   する考え方は旧認定基準と同様であり、悪化の前に業務による強い心理的負荷が認められる場合に
   は、業務による強い心理的負荷によって精神障害が自然経過を超えて著しく悪化したものと精神医
   学的に判断されるか否かについて、認定基準に記載された考慮要素を踏まえ、十分に検討すること
   が必要であること。
    なお、認定基準第5の1にいう「治療が必要な状態」とは、実際に治療が行われているものに限ら
   ず、医学的にその状態にあると判断されるものを含むものであること。
  (2) 症状安定後の新たな発病
    通院・服薬を継続している者であっても、精神障害の発病後の悪化としてではなく、症状が改善
   し安定した状態が一定期間継続した後の新たな発病として判断すべきものがあることが明示された。
    なお、この症状安定後の新たな発病の考え方は、「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討
   会報告書(平成23年11月)」において示されていたものと同旨である。
    ここで、既存の精神障害が悪化したのか、認定基準第5の2にいう「症状が改善し安定した状態が
   一定期間継続した後の新たな発病」に当たるのか等については、個別事案ごとに医学専門家による
   判断が必要であること。当該「一定期間」についても、個々の事案に応じて判断する必要があるが、
   例えばうつ病については、おおむね6か月程度症状が安定して通常の勤務ができていた場合には、
   このような症状安定後の発病として、認定基準第2の認定要件に照らして判断できる場合が多いも
   のと考えられること。

 5 専門家意見と認定要件の判断(認定基準第6関係)
   より効率的な審査を行う観点から、旧認定基準の内容を変更し、専門部会意見を求める事案につい
  て一律に定めず個別に高度な医学的検討が必要と判断した事案とされ、また、専門医意見を求める事
  案についても旧認定基準から一部限定がなされた。
   なお、認定基準第6の2にいう「業務による心理的負荷に係る認定事実の評価について「強」に該当
  することが明らかでない事案」とは、当該事実の評価が「強」に該当しない(「中」又は「弱」であ
  る)事案及び当該事実の評価が「強」に該当するか判断し難い事案をいうものであること(別紙4「専
  門家の意見の聴取・判断の流れ」参照)。

 6 療養及び治ゆ(認定基準第7関係)
   療養及び治ゆの考え方については、実質的な変更はないが、治ゆ(症状固定)の状態にある場合等が
  より明確化された。

 7 その他及び複数業務要因災害(認定基準第8及び第9関係)
   いずれも実質的な変更はない。
   なお、認定基準第8の3の調査等の留意事項として示されている事項は、旧認定基準第4の2(5)にお
  いて出来事の評価の留意事項Cとして示されていたものと同旨である。
   また、認定基準第8の4の本省協議に関し、認定基準第4の2(2)イを踏まえてもなお認定基準別表1に
  示された「具体的出来事」のいずれにも当てはめることができない出来事の評価については、「本認
  定基準により判断し難い事案」として協議対象となること。

第3 調査中の事案等の取扱い
   認定基準施行日において調査中の事案及び審査請求中の事案については、認定基準に基づいて決定
  すること。
   また、認定基準施行日において係争中の訴訟事案のうち、認定基準に基づいて判断した場合に訴訟
  追行上の問題が生じる可能性のある事件については、当課労災保険審理室に協議すること。	
	
第4 認定基準の周知等
 1 認定基準の周知
   心理的負荷による精神障害の労災認定に関し相談等があった場合には、おって示すリーフレット等
  を活用することにより、認定基準等について懇切・丁寧に説明を行うこと。
   また、各種関係団体に対しても、機会をとらえて周知を図ること。
   なお、旧認定基準のパンフレットについては、当面、当該リーフレットを挟み込んで使用すること。

 2 職員研修等の実施
   当課においては、別途、職員及び地方労災医員等を対象として、認定基準に関するweb会議形式で
  の研修を予定していることから、各労働局においても、当該研修資料を活用する等により職員研修等
  を計画的に実施し、職員の資質向上に努めること。

 
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