安全衛生情報センター
第1 趣旨・目的 道路工事、砂防工事等に伴う大規模な地山の掘削作業においては、斜面の安定性の観点から、通常 は事前に詳細な地質調査が行われ、当該調査により把握した地質の状況と掘削高さによって事前に掘 削勾配が決定される。しかし、各種工事の実施に伴う中小規模の地山の掘削作業では、十分な地質調 査が事前になされておらず、施工開始後に設計図書が地質の状況を適切に反映していないことが判明 する場合もある。また、掘削中の斜面は、降雨、湧水等により日々変化し、それらの変化が斜面崩壊 につながり、労働災害が発生する場合がある。 このような労働災害を防止するため、労働安全衛生規則(昭和47年労働省令第32号。以下「安衛則」 という。)第355条では、地山の掘削の作業を行う場合において、地山の崩壊等により労働者に危険を 及ぼすおそれのあるときは、あらかじめ、作業箇所等について調査することが事業者に義務付けられ ており、また、第358条では、明かり掘削の作業を行う場合には、点検者を指名し、日々の地山の点 検を実施すること等が事業者に義務付けられている。そして、斜面崩壊による労働災害の防止を図る ためには、点検により地山の状況を的確に把握すること及び工事関係者が点検結果に基づいた斜面崩 壊の危険性に関する情報を共有することが必要不可欠である。 このため、本ガイドラインは、主に、事業者(施工者)が発注者から請け負って行う明り掘削のうち 斜面掘削を伴う工事(以下「斜面掘削工事」という。)に関して、安衛則第355条の調査及び第358条の 点検のより適切な実施方法、施工者が発注者及び設計者と協力して斜面崩壊の危険性に関する情報を 共有するために実施することが望ましい方法及びそれらの留意事項を示すこととする。 本ガイドラインにより、工事関係者が斜面崩壊による災害防止のために必要な対策を適切に実施す ることを促進し、もって斜面崩壊による労働災害の防止に資することとする。 第2 適用対象 本ガイドラインは、次の1の工事に伴う2の作業に適用する。 1 適用する工事 主に中小規模の斜面掘削工事を対象とする。ただし、大規模な掘削工事に本ガイドラインを適用す ることも差支えない。(土止め先行工法によるものを除く。) 2 適用する作業 (1) 設計者の作業 斜面の設計 (2) 施工者の作業 手掘り又は機械掘りによる斜面の掘削作業、擁壁工事等に伴う床掘り、型枠の組立・解体、床均 し、丁張り、ブロック積み、コンクリート打設の作業等及びその施工管理 第3 用語の定義 本ガイドラインで使用する主な用語の定義は、労働安全衛生関係法令で規定されているもののほか、 次によるものとする。 1 斜面等に関する定義 (1) 「斜面」とは、自然又は人工的に形成された傾斜している地山の面をいう。 (2) 「切土部」とは、工事の対象となる斜面のうち、掘削し、地山の土砂を取り去る部分をいう。 (3) 「残斜面」とは、工事の対象となる斜面のうち、掘削せずに傾斜を残しておく部分をいう。 (4) 「斜面崩壊」とは、斜面を形成する地山が安定性を失い崩壊することをいう。 (5) 中小規模の斜面掘削作業とは、切土部の掘削高さが概ね1.5メートル以上10メートル以下の斜面 の掘削作業をいい、大規模な斜面掘削作業とは、切土部の掘削高さが概ね10メートルを超える斜面 の掘削の作業をいう。 ただし、土止め先行工法による作業の場合はこの限りではない。 (6) 「ハード対策」とは、斜面崩壊の前兆である斜面の変状の進行を防止するための対策のうち、斜 面を補強する等の工事計画の変更を伴うものをいう。 なお、「変状」とは、普通とは異なる状態のことであり、ここでは斜面崩壊の前兆現象として、 斜面自体に亀裂、はらみ等が発生している状態をいう。 2 設計業務・工事関係者等に関する定義 (1) 「発注者」とは、仕事を他の者から請け負わずに注文する者をいい、公的機関、民間機関及び個 人のいずれも含むものとする。 (2) 「調査者」とは、発注者が調査業務を外注した場合における当該調査業務を行う建設関連業者 (測量業者、地質調査業者、建設コンサルタント等)をいう。 (3) 「設計者」とは、発注者が設計業務を外注した場合における当該設計業務を行う建設関連業者 (建設コンサルタント等)をいう。 (4) 「施工者」とは、斜面掘削工事を実際に行う者のことといい、労働安全衛生法(昭和47年法律第 57条。以下「安衛法」という。)第15条に規定する元方事業者及び関係請負人がいる場合には双方 を含むものとする。 なお、発注者が施工業務を外注せず、当該発注者の施工担当部署が施工する場合には、本ガイド ラインにおいては発注者と施工者の両方に該当するものとして取り扱う。 (5) 「点検者」とは、下記3の点検表による点検を行う者をいう。安衛則第358条に基づいて施工者が 選任する点検者に加え、調査者及び設計者が点検を実施する場合における当該点検を行う者も含む ものである。 (6) 「確認者」とは、点検者が行った点検内容に不備等が無いかを確認し、対応について判断する者 をいう。点検者とは異なり、法令上、その選任が義務付けられているものではないが、調査者、設 計者又は施工者が選任する確認者のいずれも含むものである。なお、確認者の選任に当たっては、 点検者とは異なる者を選任するものとする。 (7) 「安全性検討関係者会議」とは、施工者が、変状の進行を確認した際に、斜面の状況を共有し、 ハード対策等の実施の必要性を検討するために施工者が発注者に参加を要請して行う会議をいう。 3 点検表等に関する定義等 (1) 「点検表」とは、掘削する地山の状況を把握するため、設計者又は施工者が、目視等により点検 を実施する場合の点検項目を一覧表にしたものをいい、以下の3種類がある。 ・設計・施工段階別点検表(別紙1) ・日常点検表(別紙2) ・変状時点検表(別紙3) 3つの点検表の目的、点検時期は以下の①から③までのとおりであり、これらの点検表の使用単 位は、地層ごととする。ただし、斜面の幅が長く、1枚の点検表を当該地層に適用することが困難 な場合には、幅20メートル単位を目安として点検表を使用するものとする。 なお、日常点検表(②のア、ウ及びエの点検時期に限る。)は、安衛則第358条第1号において施工 者に義務付けられている点検に係る事項であり、その他は、点検の実施が望ましいものとして点検 表を示すものである。 ① 設計・施工段階別点検表 設計及び施工工程の各段階において、地形、地質状況等の斜面崩壊に関する地盤リスクの有無 を確認し、安全に作業ができる掘削勾配であるかを確認するために使用するもの。 点検時期は、次のとおりである。 ア 設計時、イ 施工計画時、ウ 丁張設置時、エ 掘削作業前 オ 掘削作業終了時 ② 日常点検表 施工段階において、斜面崩壊の前兆である斜面の変状を発見するために使用するもの。 点検時期は、次のとおりである。 ア 毎日の作業開始前、イ 毎日の作業終了時、ウ 大雨時 エ 中震(震度4)以上の地震の後等 ③ 変状時点検表 日常点検表で変状を確認した場合、変状の推移を観察し、斜面崩壊の危険性の有無を確認する ために使用するもの。 点検は、変状の状況に応じて、必要な頻度で実施する。 (2) 「異常時対応シート」とは、施工者が、変状時点検表により変状の進行を確認した場合に、発注 者に当該斜面の異常、安全措置の状況等を元請事業者、発注者等に報告するため作成するシート (別紙4)をいう。 第4 発注者、設計者及び施工者の協力等の必要性 斜面掘削工事は、多様な工法により実施され、関連作業も数多いことから、斜面掘削工事を安全に 実施するためには、事前に斜面を形成する地山の状況を的確に把握し、その結果を設計・施工工程に 反映することが必要である。 しかしながら、あらかじめ掘削箇所の全ての地質を把握することは困難であり、実際に掘削して初 めて地山の状況が明らかになることも少なからずある。 このため、施工者は、施工途中で新たな地盤リスクが判明した場合には、その情報を速やかに発注 者及び、設計者と情報を共有した上で、必要な対策について検討を行い、適切な措置を講じることが 重要である。このとき、必要に応じ情報共有の対象に調査者を含めるものとする。 これらについては、安衛法第31条の4により発注者は、「その請負人に対し、当該仕事に関し、そ の指示に従って当該請負人の労働者を労働させたならば、この法律又はこれに基づく命令の規定に違 反することとなる指示をしてはならない」とされていること及び公共工事の入札及び契約の適正化を 図るための措置に関する指針において「設計図書に示された施工条件と実際の工事現場の状態が一致 しない場合、設計図書に示されていない施工条件について予期することができない特別な状態が生じ た場合その他の場合において必要があると認められるときは、適切に設計図書の変更を行うものとす る。さらに、工事内容の変更等が必要となり、工事費用や工期に変動が生じた場合には、施工に必要 な費用や工期が適切に確保されるよう、公共工事標準請負契約約款(昭和25年2月21日中央建設業審議 会決定・勧告)に沿った契約約款に基づき、必要な変更契約を適切に締結するものとする。」とされ ていることに留意すること。 設計者、施工者等は、それぞれ、安衛則の規定、当該ガイドライン等に基づき、それぞれが第5及び 第6に示す事項を確実に実施するとともに、平素より相互にコミュニケーションを円滑にし、適切に 情報共有できるよう特に留意する必要がある。 第5 設計者が設計を実施するに当たっての留意事項等 (1) 的確な事前調査及び点検の実施 設計者は、工事の対象となる斜面の地山の地質の状況(土・岩質区分)、地盤条件(斜面の安定性) 等を適切に把握するため、調査者に実施させることも含め、必要に応じて文献調査、地表地質踏査、 ボーリング等による地質調査等により事前調査を実施すること。 また、点検の実施に当たっては、設計者(点検を調査者に実施させる場合は調査者も含む)は、点 検者を選任し、設計・施工段階別点検表により斜面の状態を点検させるとともに、確認者を選任し て点検者が行った点検内容に不備等が無いかを確認すること。設計者は、設計・施工段階別点検表 を発注者に提出するとともに、必要な対応を取ること。 (2) 適切な詳細設計の実施 設計者は、事前調査及び点検の結果を踏まえ、工事数量算出要領及び各種設計基準・指針に照ら して工法、掘削勾配等の詳細設計を検討すること。詳細設計の検討に当たっては、安衛法第31条の 4の規定に留意し、安衛則に規定された勾配での掘削とする等、安衛法又はこれに基づく命令の規 定を遵守した設計とすること。 (3) 安全性検討関係者会議への参加 施工者から発注者に異常時対応シートが提出され、発注者から安全性検討関係者会議への参加を 要請された場合は、同会議に出席すること。 第6 施工者の実施事項 1 元方事業者が実施すべき事項 (1) 統括安全衛生管理体制の確立及び適切な統括安全衛生管理の実施 元方事業者は、現場の規模に応じて統括安全衛生責任者を選任する等により、安衛法に基づく統 括安全衛生管理体制を確立するとともに、特に安衛法第30条第1項第1号から第3号までに規定する 次の事項に重点を置き、斜面掘削工事現場での統括安全衛生管理を徹底しなければならない。 ① 協議組織を設置し、その会議を定期的に開催して、斜面に関する情報を共有する。 ② 毎作業日に、関係請負人が行う作業の連絡・調整を随時行う。 ③ 毎作業日に少なくとも1回、作業場所を巡視する。 (2) 作業主任者の選任 元方事業者が自ら2m以上の高さの斜面を掘削する作業を行うときには、安衛則第359条の規定に 基づき、地山の掘削作業主任者を選任し、その者の指揮により、当該作業を行わなければならない。 (3) 関係請負人に対する技術上の指導等 元方事業者は、安衛法第29条の2の規定に基づき、工事を実施する関係請負人がその場所に係る 危険を防止するための措置を適正に講ずるとともに、第30条第1項第4号の規定に基づき、関係請負 人が、点検者に対して適切に知識を付与できるよう、技術上の指導、必要な資材、場所等の提供等 を実施しなければならない。 (4) 掘削作業を行う箇所の調査 施工者は、安衛則第355条の規定に基づき、地山の掘削作業を行う箇所の調査を行わなければな らない。 なお、発注者、調査者又は設計者が同条に規定する「適当な方法」によって行った調査結果を調 べることも同条に規定する「適当な方法」による調査に含まれることとされている。 (5) 点検の実施 元方事業者が自ら掘削の作業を行う場合には、安衛則第358条の規定に基づき、点検者を指名し て、作業を開始する前、大雨の後及び中震以上の地震の後に斜面の状況を点検させなければならな い。点検に当たっては、日常点検表を使用すること。 (6) 点検結果を踏まえた危険防止のための措置の実施 元方事業者は、点検者による点検結果を踏まえ、地山の崩壊又は土石の落下により労働者に危険 を及ぼすおそれのある場合は、安衛則第361条の規定に基づき、当該危険を防止するための措置を 講じなければならない。 2 元方事業者が実施することが望ましい事項 (1) 適切な施工計画書の作成 元方事業者は、発注者から示された仕様書、発注者から得られた斜面の地盤条件の情報等や設計 者による設計・施工段階別点検表等の点検結果、自ら実施した現地踏査時の点検結果、必要に応じ て自ら実施する地質調査、過去に周辺で行われた類似工事の施工情報及び施工の安全性を十分考慮 し、安衛法第28条の2の規定に基づくリスクアセスメントを実施した上で、(2)から(5)の事項を含 んだ施工計画書を作成し、発注者に提出すること。 (2) 適切な施工費等の計上 当該変更工事の一部を関係請負人に請け負わせるに当たっては、安全対策に要する経費を含む適 切な経費を計上すること。 (3) 斜面の点検及び確認の適切な実施、点検結果に基づく措置等 元方事業者は、点検者を選任し、第3の3の(1)の@のイからオの各段階においては設計・施工段 階別点検表により、②のアからエの時期においては日常点検表により、日常点検表で変状を確認し た場合は変状時点検表により、斜面の状態を点検させるとともに、確認者を選任して点検者が行っ た点検内容に不備等がないかを確認し、斜面の状況に応じて適切な措置(関係請負人に対する必要 な指示を含む。)を講ずること。 点検者の選任に当たっては、各種点検が適切に実施されるよう、必要な知識を有する適切な点検 者を選任すること。今後、点検者に選任する可能性のある自らの労働者に対しては、あらかじめ必 要な知識を付与した上で、十分に点検の補助等の実務経験を積ませるよう留意すること。 また、確認者については、統括安全衛生責任者又はこれに準ずる者を確認者に選任すること。 (4) 異常時対応シートの作成及び発注者への報告 変状時点検で変状の進行を確認した場合、異常時対応シートを作成し、当該斜面の異常、安全措 置の状況等を発注者に報告すること。 (5) 安全性検討関係者会議の開催及びその結果を受けた工事の変更 元方事業者は、異常時対応シートを作成し、発注者に報告した場合、安全性検討関係者会議を開 催し、発注者に参加を要請して、異常時対応シート記載事項により報告した斜面の状況に対応する ためのハード対策等の労働災害防止のための措置を検討すること。労働災害防止のための措置が決 定された場合には、施工計画書を変更し、当該変更された施工計画書に基づき工事を実施すること。 3 関係請負人が実施すべき事項 (1) 安全衛生管理体制の確立 元方事業者の構築する上記1(1)の統括安全衛生管理体制に対応し、安全衛生責任者等を選任する とともに、安衛法第32条第1項の規定に基づき、上記1(1)①から③までの措置に応じて、統括安全 衛生責任者と必要な連絡調整を行い、特に斜面に関する情報を適切に把握する等、必要な措置を講 じなければならない。 (2) 掘削作業を行う箇所の調査 施工者は、安衛則第355条の規定に基づき、地山の掘削作業を行う箇所の調査を行わなければな らない。 なお、発注者、調査者又は設計者が同条に規定する「適当な方法」によって行った調査結果を調 べることも同条に規定する「適当な方法」による調査に含まれることとされている。 (3) 作業主任者の選任 2m以上の高さの斜面を掘削する作業を行うときには、安衛則第359条の規定に基づき、地山の掘 削作業主任者を選任し、その者の指揮により、当該作業を行わなければならない。 (4) 斜面の点検、確認のための報告、点検結果に基づく措置の実施等 関係請負人は、安衛則第358条の規定により、点検者を指名して、作業を開始する前、大雨の後 及び中心以上の地震の後には斜面の状況を点検させなければならない。点検に当たっては、日常点 検表を使用すること。 4 関係請負人が実施することが望ましい事項 関係請負人は、2の(1)から(5)の事項を、元方事業者とも連携して実施すること。 5 元方事業者及び関係請負人が実施すべき事項 (1) 安全衛生教育の確実な実施 元方事業者及び関係請負人は、発注者や関係団体の協力を得て、作業に従事する労働者に対して 計画的な安全衛生教育を実施する。また、新規入場者に対する教育を確実に実施しなければならな い。 (2) 緊急時の退避 元方事業者及び関係請負人は、変状が極めて早く進行し、斜面崩壊による労働災害発生の急迫し た危険があるときは、直ちに作業を中止し、労働者を安全な場所に退避させなければならない。 6 元方事業者及び関係請負人が実施することが望ましい事項 (1) リスクアセスメントの実施 元方事業者及び関係請負人は、リスクアセスメントを実施した上で、元方事業者の作成する施工 計画書及び元方事業者が作成する作業箇所の状況に応じた作業計画を作成し、その作業計画に基づ き作業を行うこと。なお、関係請負人が作業計画を作成するに当たって活用できるよう、元方事業 者は自ら行ったリスクアセスメントの結果や、必要に応じて発注者の実施した事前調査及び点検の 結果、施工計画書において安全確保上留意した事項に関する情報等を提供すること。 (2) 避難訓練の実施 元方事業者及び関係請負人は、斜面崩壊による労働災害を防止するため、工事の各作業(上記第 2の2の(2)の各作業をいう。)を行うに当たり、関係請負人を含めた避難訓練を1回以上実施するこ と。避難訓練においては、斜面崩壊が発生した際にすべての労働者が安全に避難できることを確認 するとともに、避難訓練の結果を検討し、必要に応じて避難の方法を改善すること。別紙1(PDF:308KB)